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小栗判官と説経節の本

発端

昨秋にこのような展覧会がありました。

そのなかで「皇室につどう書画 三の丸尚蔵館の名宝」の一つとして、岩佐又兵衛小栗判官絵巻」が出品されていました。又兵衛のこの絵巻は今までにも他の美術館などで観ているのですが、今回はなぜか物語の筋が気になりました。ということで小栗判官について調べてみると、どうやら「説経節」という単語が関係してくる。この説経節というものはなにかといえば中世の語り芸能の一種。

 説経節せっきょうぶしは、近世初期に操り芝居と結びついて流行した。説経節そのものは中世からおこなわれていた語り物であり芸能であったが、それが一躍脚光を浴びるようになったのは、三都の操り芝居の舞台にかけられるようになってからである。…素朴未発達な段階にあって、豊かな物語性と人情味を備えた説経節の語り物は、じゅうぶん人の心をとらえたのである。しかし、浄瑠璃にすぐれた太夫があらわれて音楽的にくふうを重ね、近松のような作者が趣向に富んだ新作をつぎつぎと書き出すと、いつもきまった語り物だけを語っていた説経節は、古くさい者として飽きられていった。…だが、説経節の語り物の生命はそれで断たれてしまったわけではない。第一に、それは浄瑠璃に多くの素材を提供した。…第二に、絵双紙や読本よみほんの類に素材を提供した。第三に地方の芸能として残った。瞽女歌として、盲僧琵琶として、大黒舞いの歌として。また、佐渡の説経人形、秩父横瀬袱紗人形、八王子の車人形などの演目として、現在も残っている。…少なくとも明治時代までは、小栗判官とか石童丸とか山椒大夫とか言えば、だれでも「あああの話か」と、知らない人はいなかった。
(「説経節東洋文庫243 平凡社)」まえがき冒頭)

確かに小栗判官山椒大夫も、他に刈萱も信太妻も、名前は聞いたことがあるのだけど、その筋までは知らない。ということで、小栗判官を中心として、説経節に関する本をちょこちょこ読んできたので、なんとなく列挙してみます。

注意事項

なお「説経節」であって「説教節」ではありません。念の為。

 説経とは、もともと経典を講じ教義を説くことであって、それ自体は文学でも芸能でもない。しかし教化の対象が知識教養の無い庶民のばあいには、仏典講説のさい、おのずから譬喩ひゆ・因縁など説話の部分が耳にはいりやすいので、そこから文学的なものが成長していった。これを唱導文学と言う。(中略)唱導文学の担い手たちは、高野聖こうやひじりやその他の廻国聖、山伏、御師おし、盲僧、絵解えとき法師、熊野比丘尼をはじめとする巫女の類、といった下級宗教家である。
(「説経節東洋文庫243 平凡社)」解説・解題 p.314)

本の列挙

説経節 山椒大夫小栗判官他(東洋文庫243 平凡社 1973年)

説経節 (東洋文庫)

説経節 (東洋文庫)

  • 作者:荒木 繁
  • 発売日: 1973/11/01
  • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
現代において、説経節の原文を読みたい、と思ったときに真っ先に手に取るべき本かと思われます。註釈もついているので、古文の知識がちょっとあればなんとか読めます。そして何よりも大事なところ(と私が思うの)が、原文でのリズムの良さ。語りであり謡いでもある物語なので、現代語訳では分からないリズムの気持ちよさが原文では楽しめます。
掲載の物語は「山椒太夫」「苅萱」「信徳丸」「愛護若」「小栗判官」と浄瑠璃の「信太妻」。前の5つはいわゆる「五説経」とも呼ばれるほどの代表作であること、そして「信太妻」は五説経に入ることもあるのだが説経節としての原文が見つからなかったので追加分として入れてある、とのことでした。なお「小栗判官」の文は、上に書いた岩佐又兵衛小栗判官絵巻」の文を用いているとのことです。
今となっての問題点は、字が小さすぎて註釈番号が読めないこと*1

ラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」(太田彩 監修/東京美術 2011年)

岩佐又兵衛小栗判官絵巻」を所蔵する三の丸尚蔵館学芸員である太田彩氏の監修。岩佐又兵衛小栗判官絵巻」の全場面を載せているのがこの本のポイント。ただし全15巻324m(!?)もある絵巻なので、大半の図版は非常に小さい。しかし推しの場面は折り畳み見開き形式でバーンと見れるので、意外と楽しめる。ただし絵がメインで詞書き部分は載っていない。解説もまあまあしっかりしていた(はず)。

説経 小栗判官近藤ようこ/白泉社ジェッツコミックス 1990年 → ちくま文庫 2003年 → KADOKAWAビームコミックス 2014年)

そういえば試し読み部分しか読んでないや…^^;;

新訳 説経節伊藤比呂美/平凡社 2015年)

新訳 説経節

新訳 説経節

いちおう日本語訳。なので当然ながら原文よりは読みやすい。読みやすいのだが…原文のリズムの気持ちよさが全く消えているのがとても悲しい。著者は詩人なのだから、口調を考えた翻訳にしてほしかった*2
掲載されているのは「小栗判官」「しんとく丸」「山椒太夫」。
ちなみにこの本はWeb連載をまとめたものなので、そちらのバックナンバーがいちおう残っている。小栗判官だけは一部リンクのみ残存…だがリンク先は消えていないので結局全部残ってる(ありがたやありがたや。

なお私はこの「しんとく丸」を読んで「信徳丸(俊徳丸/身毒丸)=弱法師」であることに気付きました。(参考:東京国立博物館 - コレクション 名品ギャラリー 館蔵品一覧 弱法師(よろぼし) 

説経節を読む(水上勉/新潮社 1999年 → 岩波現代文庫 2007年)

説経節を読む (岩波現代文庫)

説経節を読む (岩波現代文庫)

  • 作者:水上 勉
  • 発売日: 2007/06/15
  • メディア: 文庫
現代語訳ではなく「原文+筋+思い出語り」という形式。原文引用が長めの部分もあるがその直後に要約が入っているので意外と読みやすい。全文訳よりもこのほうが良いのではないかと感じる。ただし思い出語りの部分もほどほどに目立つので、水上勉が好きな人に限られるかもしれません。
掲載されているのは「さんせう太夫」「かるかや」「信徳丸」「信太妻」「をぐり」。

中世の貧民 説経師と廻国芸人(塩見鮮一郎/文春新書890 2012年)

中世の貧民 説経師と廻国芸人 (文春新書)

中世の貧民 説経師と廻国芸人 (文春新書)

文藝春秋サイトでの塩見鮮一郎の検索結果をみるとこの本は「貧民シリーズ」とやらの第2弾に相当するらしい。シリーズの他の本は未見。
小栗判官の道行きを中心にして、現代での現地状況なども補いつつ、さらには他の説経節の物語や中世文学、そしてそれらを語った貧民層のことなどを織り込みながら書かれている、ガイドブックのような本。小栗判官の物語自体を読むと言うよりは、タイトル通り中世を中心とした世界を現代から覗き見る感じが主となる。
説経節を読むと言っても、現代人からすれば読み返すわけだし、物語で描かれた場所の現状を知りたくなることもある。その点では良いガイドブックだと思います。

おまけ:山椒大夫森鴎外

こちらは山椒大夫の口語訳、というか翻案。原文の筋とだいたい合ってるのだけど、いろいろな省略を入れている。丹後から京へ上るところがそっけなく略されて、その他も「中世のどろどろした部分が消されて無味無臭になっている」として塩見鮮一郎「中世の貧民」では否定的な評価になっている。
もちろん追加のある箇所もあり、水上勉説経節を読む」では自然描写を付け足して物語を豊かにしていると評価している。
個人的には、説経節の代表格への導入作品として優れていると思います。

その他

原文だと以下の2冊もあるのだが未読。

古浄瑠璃 説経集 - 岩波書店

古浄瑠璃 説経集 (新日本古典文学大系 90)

古浄瑠璃 説経集 (新日本古典文学大系 90)

掲載されている作品はこれららしい。「浄瑠璃御前物語」とか「ほり江巻双紙」とかあるので、岩佐又兵衛の他の絵巻に関係しているかも。
オンデマンド版も→ 古浄瑠璃 説経集 - 岩波書店

  • 新潮社

説経集  新潮日本古典集成 第8回

説経集 新潮日本古典集成 第8回

なお2017年に新装版が出ている。
掲載されているのは「かるかや」「さんせう太夫」「しんとく丸」「をぐり」「あいごの若」「まつら長者」。
室木弥太郎/校注 『新潮日本古典集成〈新装版〉説経集』|新潮社
新潮日本古典集成〈新装版〉 説経集

新潮日本古典集成〈新装版〉 説経集

  • 発売日: 2017/01/31
  • メディア: 単行本

また現代語訳では「池澤夏樹個人編集 日本文学全集」にも。こちらも翻訳はやはり伊藤比呂美。掲載されているのは「かるかや」だけかな*3
能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵 :岡田 利規,伊藤 比呂美,いとう せいこう,桜庭 一樹,三浦 しをん,いしい しんじ,松井 今朝子|河出書房新社

*1:老眼…

*2:なお伊藤比呂美訳の良さを評価する記事を見掛けたので貼っておきます→ 11 現代語訳を軽視するなかれ | 最後の読書 | 津野海太郎 | 連載 | 考える人 | 新潮社

*3:どうやらそのようだ→ https://note.com/fujicho_no_yomo/n/nf211796a5dd2